8月15日

二度と戦争はしないと誓った日
はたして、いまはまだ戦後?

正義と正義がぶつかり合い
戦争が起きる

武器で平和が守れるのか、もう一度見つめなおすべき
核の傘の幻想から逃れる道を探すべき

戦争を体験した両親は、年々年老いていく
そして他の戦争体験者も

沖縄で何が起きているのか目を背けてはいけない

テーマ : 世界恒久平和を実現しよう
ジャンル : 政治・経済

長崎平和宣言

広島・長崎に原子爆弾が落とされてから71年
多くの悲惨な犠牲者を出しながら、核なき世界は実現されていない
机上の空論「核の傘」の幻想に囚われて、核廃絶に向かおうとしない保有国

恒久平和は絵に描いた餅ではない

原爆の下には、多くの非戦闘員の市民がいて命を落とし、いまなお後遺症に苦しむ

私たちひとりひとりの声は小さいかもしれないが、核なき世界を目指し、一歩ずつ進んで行かなくてはならない

安倍首相は広島・長崎の式典での挨拶だけでなく、被爆国の首相としてイニシアチブを取り、真の恒久平和を目指して欲しい


リンク先に賛同ボタンがあります

http://nagasakipeace.jp/japanese/peace/appeal.html
平成28年 長崎平和宣言
長 崎 平 和 宣 言
 核兵器は人間を壊す残酷な兵器です。
 1945年8月9日午前11時2分、米軍機が投下した一発の原子爆弾が、上空でさく裂した瞬間、 長崎の街に猛烈な爆風と熱線が襲いかかりました。あとには、黒焦げの亡骸、全身が焼けただれた人、内臓が飛び出した人、無数のガラス片が体に刺さり苦しむ人があふれ、長崎は地獄と化しました。
 原爆から放たれた放射線は人々の体を貫き、そのために引き起こされる病気や障害は、辛うじて生き残った人たちを今も苦しめています。
 核兵器は人間を壊し続ける残酷な兵器なのです。
 今年5月、アメリカの現職大統領として初めて、オバマ大統領が被爆地・広島を訪問しました。大統領は、その行動によって、自分の目と、耳と、心で感じることの大切さを世界に示しました。
 核兵器保有国をはじめとする各国のリーダーの皆さん、そして世界中の皆さん。長崎や広島に来てください。原子雲の下で人間に何が起きたのかを知ってください。事実を知ること、それこそが核兵器のない未来を考えるスタートラインです。
 今年、ジュネーブの国連欧州本部で、核軍縮交渉を前進させる法的な枠組みについて話し合う会議が開かれています。法的な議論を行う場ができたことは、大きな前進です。しかし、まもなく結果がまとめられるこの会議に、核兵器保有国は出席していません。そして、会議の中では、核兵器の抑止力に依存する国々と、核兵器禁止の交渉開始を主張する国々との対立が続いています。このままでは、核兵器廃絶への道筋を示すことができないまま、会議が閉会してしまいます。
 核兵器保有国のリーダーの皆さん、今からでも遅くはありません。この会議に出席し、議論に参加してください。
 国連、各国政府及び国会、NGOを含む市民社会に訴えます。核兵器廃絶に向けて、法的な議論を行う場を決して絶やしてはなりません。今年秋の国連総会で、核兵器のない世界の実現に向けた法的な枠組みに関する協議と交渉の場を設けてください。そして、人類社会の一員として、解決策を見出す努力を続けてください。
 核兵器保有国では、より高性能の核兵器に置き換える計画が進行中です。このままでは核兵器のない世界の実現がさらに遠のいてしまいます。
 今こそ、人類の未来を壊さないために、持てる限りの「英知」を結集してください。
 日本政府は、核兵器廃絶を訴えながらも、一方では核抑止力に依存する立場をとっています。この矛盾を超える方法として、非核三原則の法制化とともに、核抑止力に頼らない安全保障の枠組みである「北東アジア非核兵器地帯」の創設を検討してください。核兵器の非人道性をよく知る唯一の戦争被爆国として、非核兵器地帯という人類のひとつの「英知」を行動に移すリーダーシップを発揮してください。
 核兵器の歴史は、不信感の歴史です。
 国同士の不信の中で、より威力のある、より遠くに飛ぶ核兵器が開発されてきました。世界には未だに1万5千発以上もの核兵器が存在し、戦争、事故、テロなどにより、使われる危険が続いています。
 この流れを断ち切り、不信のサイクルを信頼のサイクルに転換するためにできることのひとつは、粘り強く信頼を生み続けることです。
 我が国は日本国憲法の平和の理念に基づき、人道支援など、世界に貢献することで信頼を広げようと努力してきました。ふたたび戦争をしないために、平和国家としての道をこれからも歩み続けなければなりません。
 市民社会の一員である私たち一人ひとりにも、できることがあります。国を越えて人と交わることで、言葉や文化、考え方の違いを理解し合い、身近に信頼を生み出すことです。オバマ大統領を温かく迎えた広島市民の姿もそれを表しています。市民社会の行動は、一つひとつは小さく見えても、国同士の信頼関係を築くための、強くかけがえのない礎となります。
 被爆から71年がたち、被爆者の平均年齢は80歳を越えました。世界が「被爆者のいない時代」を迎える日が少しずつ近づいています。戦争、そして戦争が生んだ被爆の体験をどう受け継いでいくかが、今、問われています。
 若い世代の皆さん、あなたたちが当たり前と感じる日常、例えば、お母さんの優しい手、お父さんの温かいまなざし、友だちとの会話、好きな人の笑顔…。そのすべてを奪い去ってしまうのが戦争です。
 戦争体験、被爆者の体験に、ぜひ一度耳を傾けてみてください。つらい経験を語ることは苦しいことです。それでも語ってくれるのは、未来の人たちを守りたいからだということを知ってください。
 長崎では、被爆者に代わって子どもや孫の世代が体験を語り伝える活動が始まっています。焼け残った城山小学校の校舎などを国の史跡として後世に残す活動も進んでいます。
 若い世代の皆さん、未来のために、過去に向き合う一歩を踏み出してみませんか。
 福島での原発事故から5年が経過しました。長崎は、放射能による苦しみを体験したまちとして、福島を応援し続けます。
 日本政府には、今なお原爆の後遺症に苦しむ被爆者のさらなる援護の充実とともに、被爆地域の拡大をはじめとする被爆体験者の一日も早い救済を強く求めます。
 原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は、世界の人々とともに、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くすことをここに宣言します。
2016年(平成28年)8月9日
長崎市長  田上 富久

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広島平和宣言

71年前、広島に原爆が落とされた
世界は、核の傘の幻想から抜けられず、核兵器廃絶にはなかなか進めない
そんな日の朝刊に、防衛相の、<日本の核兵器保有について「憲法上、必要最小限度がどのような兵器であるかということに限定がない」と述べ、憲法9条で禁止しているわけではないとする従来の政府見解に沿って説明した。>との記事が載る
当然8月6日の朝刊に載ることを想定しての回答
こんな内閣の支持率が高い国に危機感を覚える

核も原発もない未来へ
シンプルな願いはなかなか争点化されず、前に進めない

http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1110537278566/index.htmlより

平和宣言

1945年8月6日午前8時15分。澄みきった青空を切り裂き、かつて人類が経験したことのない「絶対悪」が広島に放たれ、一瞬のうちに街を焼き尽くしました。朝鮮半島や、中国、東南アジアの人々、米軍の捕虜などを含め、子どもからお年寄りまで罪もない人々を殺りくし、その年の暮れまでに14万もの尊い命を奪いました。

辛うじて生き延びた人々も、放射線の障害に苦しみ、就職や結婚の差別に遭(あ)い、心身に負った深い傷は今なお消えることがありません。破壊し尽くされた広島は美しく平和な街として生まれ変わりましたが、あの日、「絶対悪」に奪い去られた川辺の景色や暮らし、歴史と共に育まれた伝統文化は、二度と戻ることはないのです。

当時17歳の男性は「真っ黒の焼死体が道路を塞(ふさ)ぎ、異臭が鼻を衝(つ)き、見渡す限り火の海の広島は生き地獄でした。」と語ります。当時18歳の女性は「私は血だらけになり、周りには背中の皮膚が足まで垂れ下がった人や、水を求めて泣き叫ぶ人がいました。」と振り返ります。

あれから71年、依然として世界には、あの惨禍をもたらした原子爆弾の威力をはるかに上回り、地球そのものを破壊しかねない1万5千発を超える核兵器が存在します。核戦争や核爆発に至りかねない数多くの事件や事故が明らかになり、テロリストによる使用も懸念されています。

私たちは、この現実を前にしたとき、生き地獄だと語った男性の「これからの世界人類は、命を尊び平和で幸福な人生を送るため、皆で助け合っていきましょう。」という呼び掛け、そして、血だらけになった女性の「与えられた命を全うするため、次の世代の人々は、皆で核兵器はいらないと叫んでください。」との訴えを受け止め、更なる行動を起こさなければなりません。そして、多様な価値観を認め合いながら、「共に生きる」世界を目指し努力を重ねなければなりません。

今年5月、原爆投下国の現職大統領として初めて広島を訪問したオバマ大統領は、「私自身の国と同様、核を保有する国々は、恐怖の論理から逃れ、核兵器のない世界を追求する勇気を持たなければならない。」と訴えました。それは、被爆者の「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」という心からの叫びを受け止め、今なお存在し続ける核兵器の廃絶に立ち向かう「情熱」を、米国をはじめ世界の人々に示すものでした。そして、あの「絶対悪」を許さないというヒロシマの思いがオバマ大統領に届いたことの証しでした。

今こそ、私たちは、非人道性の極みである「絶対悪」をこの世から消し去る道筋をつけるためにヒロシマの思いを基に、「情熱」を持って「連帯」し、行動を起こすべきではないでしょうか。今年、G7の外相が初めて広島に集い、核兵器を持つ国、持たない国という立場を超えて世界の為政者に広島・長崎訪問を呼び掛け、包括的核実験禁止条約の早期発効や核不拡散条約に基づく核軍縮交渉義務を果たすことを求める宣言を発表しました。これは、正に「連帯」に向けた一歩です。

為政者には、こうした「連帯」をより強固なものとし、信頼と対話による安全保障の仕組みづくりに、「情熱」を持って臨んでもらわなければなりません。そのため、各国の為政者に、改めて被爆地を訪問するよう要請します。その訪問は、オバマ大統領が広島で示したように、必ずや、被爆の実相を心に刻み、被爆者の痛みや悲しみを共有した上での決意表明につながるものと確信しています。

被爆者の平均年齢は80歳を超え、自らの体験を生の声で語る時間は少なくなっています。未来に向けて被爆者の思いや言葉を伝え、広めていくには、若い世代の皆さんの力も必要です。世界の7千を超える都市で構成する平和首長会議は、世界の各地域では20を超えるリーダー都市が、また、世界規模では広島・長崎が中心となって、若者の交流を促進します。そして、若い世代が核兵器廃絶に立ち向かうための思いを共有し、具体的な行動を開始できるようにしていきます。

この広島の地で「核兵器のない世界を必ず実現する」との決意を表明した安倍首相には、オバマ大統領と共にリーダーシップを発揮することを期待します。核兵器のない世界は、日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現する世界でもあり、その実現を確実なものとするためには核兵器禁止の法的枠組みが不可欠となります。また、日本政府には、平均年齢が80歳を超えた被爆者をはじめ、放射線の影響により心身に苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実するとともに、「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。

私たちは、本日、思いを新たに、原爆犠牲者の御霊に心からの哀悼の誠を捧げ、被爆地長崎と手を携え、世界の人々と共に、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて力を尽くすことを誓います。



平成28年(2016年)8月6日

広島市長 松井 一實

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70年目の8月15日

70年前、敗戦した日に不戦の誓いを新たにする
正義と悪がぶつかり合うと思ってる人もいるかもしれないけれど、双方自分なりの正義を主張し合い起こるのが戦争
武力で平和を守れると幻想をいだき、軍拡に走る

戦前ではなくこれからもずっと戦後であり続けるため、できることをひとりひとりが考えていかなくてはいけない

71年前

71年前の8月14日、学童疎開で品川から西秋留に行った母親
行くときは姉と一緒だったけど、途中で姉が入院したので1人になり、その後妹が来て終戦
1年以上一度も東京には帰らずに過ごしたらしい

そして71年後の今日、安倍首相の何が言いたいのかさっぱりわからない談話

内閣総理大臣談話

 終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

 当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

 そして七十年前。日本は、敗戦しました。

 戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

 先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

 ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

 戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

 戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

 終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

平成二十七年八月十四日
内閣総理大臣  安倍 晋三

太字部分首相官邸HP(http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/discource/20150814danwa.html)より

安倍首相がどう過去と向き合うのかよくわからず、間接表現が多く冗長な談話
質疑応答も幹事社以外では、産経阿比留瑠比・ニコ動・日テレ(他海外メディア?1件失念)など
辛辣な質問は受けないってことなのかな?

熟考した結果がこれなのか…

テーマ : 安倍政権
ジャンル : 政治・経済

プロフィール

せる

Author:せる
奥地直樹

脱原発!
全ての原発を即時廃炉へ

自分を含め無関心でだったことで、今のフクイチがあるんだと思う
できるときに、できる場所で、できることを
間違ってることには、はっきりと“ノー”の意思表示を!!




阪神ファンらしいよ(^_^;)
毒吐くけど、基本タイガース好き
小さな声で時々ハムの人w
チームは好きだけど、球団はあまり好きじゃない

【座右の銘】
心配するな金ならない!!
寒さは厚着で凌げるが、暑さは薄着では凌げない
楽しいご飯がいいごはん
家に帰るまでが遠足です

リンクしてもらえると、かなり喜びますのでよろしく(m。_。)m オネガイシマス

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